第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
そこで、信繁は窮余の一手を思いつく。
─―越後最強の柿崎隊をやり過ごし、それに続く第二陣との間に足軽隊を割って入らせよう!
そのように考えたのである。
「先頭を走る騎馬隊はやり過ごせ!」
信繁は声の限りに采配する。
「黒母衣には構うな! 後ろから来る騎馬を箕手で包むのだ! 箕手の構えだ!」
危機を察して前脚を蹴り上げようとする愛駒を抑える。
一糸乱れず弧を描く越後勢に、ほんの少しでも乱れを生じさせることができれば、付け入る隙が生まれるかもしれない。
もしも、ここで味方の足軽たちが柿崎隊と後続を寸断できたならば、己を含めた先陣騎馬隊が突撃を敢行し、一気に敵の先陣大将の首を狙いに行くつもりだった。
おそらく、その戦法しか越後勢の苛烈な車の懸かりに対抗できそうになかった。
─―とにかく、ここで敵の勢いを止めねば、兄上のお命すら危ない! すなわち、武田の本隊が全滅の危機に直面している。この身にとって今の戦いは、すでに敵を打ち破って勝つための戦いではない。この一命で武田の何が救えるかを、己に問うための戦いだ!
それが武田の先陣大将を担ってきた漢の出した結論だった。
同時に、己の一命を賭して起死回生の一撃を狙うつもりでいた。
そんなことを思っている間にも、再び勢いの衰えない敵の攻撃が加えられる。これで何度目に及ぶ柿崎隊の懸かりなのかすら覚えていられない。
武田の足軽隊は渾身の力で踏ん張り、その攻撃に耐えた後、箕手の構えで敵の後続に向かう。
「今だ、行け! 次の騎馬を盾で包め!」
自軍の動きを確かめた信繁が叫ぶ。
先陣大将の大音声に背中を押され、覚悟を決めた数名の足軽が塊となり、向かってくる騎馬へと迫る。
それが越後勢の第二陣、村上義清の騎馬隊だった。
幸いにも、室住虎光の突撃によって敵の大将に深手を負わせたため、残った村上隊は算を乱していた。
群がった武田勢の足軽が盾で奔馬の横腹を叩き、後ろに控えていた槍兵たちが鞍上の武者めがけて槍穂を突き上げる。
その切先のひとつが相手の喉仏を貫くと、血煙をまき散らしながら敵の騎手が馬上から転げ落ちる。
丸に上の一文字。村上家の旗指物が地に堕(お)ちた。
すると、主を失って立ち上がろうとする空馬に、後から迫った騎馬が勢い余って衝突してしまう。さらに、その馬たちを避けようとした敵の後続が、次々と態勢を崩して迷走し始める。
これにより越後勢の第二陣と続く第三陣に、大きな混乱が生じた。
信繁はその様を見逃さない。
「その要領だ! 後続を一騎ずつ止めよ! 騎手を引きずり下ろせ!」
命を受けた足軽たちは蛮勇を振るい、暴れ回る馬へと立ち向かっていく。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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