第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)7
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
玉籠役は撃ち終わった鉄炮へ火薬と六匁(もんめ)玉を詰め、「槊杖(かるか)」という棒で火薬を突き固めて次の射撃に備えなければならない。
鉄炮は玉を籠める手順が煩雑であり、たった五十丁の鉄炮を撃つのに百五十名もの足軽隊を要する。それゆえ、平地での乱戦には向かない。
しかし、籠城での防御や、こうした待ち伏せの攻撃となれば、絶大な効果を発揮する。
甘粕景持は上杉(うえすぎ)政虎(まさとら)から虎の子の鉄炮百丁を託されていたが、希少な道具を有効に使い、切れ目なく相手を狙うために、あえて射手を五十名に絞っていた。
それだけではなく、鉄砲隊の両脇には三百名ずつの弓隊を伏せ、相手が大勢で渡河を敢行した時は援護する手筈(てはず)となっている。
敵の半渡(はんど)に乗じて攻めよ。
それが孫子(そんし)の説く兵法の常道である。
そして、この戦法を有利に展開するには、飛び道具を使うのが最も有効だった。
─―山中の奇襲へ回った隊ならば、軍装を軽くし、矢玉を防ぐ備えはあるまい。そこまで読み切った上での布陣よ。武田の者どもめが、御屋形様譲りの軍略用兵術を存分に味わうがよい。
甘粕景持は不敵な笑みを浮かべて対岸を見据える。
うっすらと煙る川縁から、敵の姿が消えていた。
「よいか、皆。次は敵も何らかの手だてを講じて渡河に挑んでくるであろう。されど、焦らずに、先ほどよりも敵を引きつけてから撃つのだ! 迂闊(うかつ)に渡河してくれば、ただの的になるぞと脅し、狙われている恐怖を嫌というほど味わわせてやれ。どうせ、急拵(きゅうごしら)えでは大した備えができぬ」
通常、渡河に挑む軍勢は盾を並べ、飛び道具に備える。
しかし、奇襲を担う軍勢は行軍の邪魔になるため、そうした防具を持っていかないのが常だった。
そこが越後勢殿軍の狙い目である。
「敵が数にまかせて一気に渡ろうとしたならば、弓隊も応戦せよ! ありったけの矢玉を打ち込んでやれ! 雨霰(あめあられ)と降る矢玉の中を平気で渡河できる者などおらぬ。その後のことは槍隊が引き受けるゆえ、敵に命中させることだけに集中せよ! 一人たりとも、この岸に上げぬよう粘りに粘るのだ!」
甘粕景持が命じた通り、この殿軍は本隊のために時を稼ぐ役目を担っている。
いくら水嵩が低いとはいえ、川底には苔(こけ)も生えており、極端に足場が悪い。相手が狙っていると知りながら、備えの足りない状態で渡河を強行するのは至難の業である。
そうした敵の弱点を突くため、甘粕景持は用意周到に兵を配していた。
まずは鉄炮で威嚇し、次に弓箭(きゅうせん)を加えた攻撃で行き脚を鈍らせ、河中で損害を与える。それでも無理矢理に渡ってきたならば、槍衾(やりぶすま)で川縁から押し戻す。
すべては武田勢の渡河をできるだけ遅らせるため、周到に練られた策だった。
「気を抜くな! すぐに敵が現れるぞ!」
次第に殿軍大将の声が大きくなってゆく。
それに呼応し、兵たちも気勢を上げる。総軍に闘気が漲(みなぎ)っていた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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