第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)7
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
そこへ、真田幸隆が半信半疑の面持ちで駆け寄る。
「兵部殿、あれはまことに景虎にござるか?」
「いや、ただの生餌であろう。同じ手に何度も引っかかってたまるか」
「おのれ、どこまでもわれら愚弄するつもりか……」
「一徳斎殿、あの者どもの追跡は馬場の隊に任せ、われらは八幡原(はちまんばら)へ向かおうぞ。そこに本物の景虎がいるはずだ」
「承知!」
「そなたも敵からせしめた馬を使うがよい。おい、渡してやれ」
飯富虎昌は敵の馬を捕獲した足軽に命じる。
「かたじけなし!」
足軽から手綱を渡された真田幸隆は、ひらりと馬の背に飛び乗る。
轡(くつわ)を並べた飯富虎昌は手綱を引き締め、赤備衆に号令する。
「われらは敵の足軽隊を追うぞ! その先には、必ずや越後の本隊がいる! 敵のすべてを殲滅するつもりで掛かるのだ! よいな、者ども!」
「おう!」
赤備衆たちは気勢を上げてから走り出す。
─―とにかく、今は一刻も早く景虎の背後に喰らいつき、これまでの借りを返さねばならぬ。
飯富虎昌は馬の腹を蹴って発進させる。
間尺に合わない戦いから解き放たれ、赤備の大将はやっと馬上で本来の姿を取り戻す。
しかし、八幡原の先陣がすでに破られ、第二陣と信玄の旗本が危機にさらされていることをまだ知らなかった。
だが、越後勢の殿軍が崩れたことで、戦の潮目がはっきりと変わる。これまでの圧倒的な優勢が傾こうとしていた。
そのことを痛感していたのが、馬場隊を引き連れる形で逃げる甘粕景持だった。
そして、もう一人。
起死回生の反転攻勢を仕掛けるため、飯富虎昌と赤備衆が八幡原に向けて疾走し始める。
ほとんど無傷で残った真田隊と馬場隊も本来の戦いに参じようとしていた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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