第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)7
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
景持が選んだ起死回生の策は、敵の中央突破だった。
正面に迫る赤備衆の中央を、尖(とが)った鋒矢の陣形で貫くという無謀な試みである。まさに一軍を率いて針の穴を通るが如き戦法であり、ほとんど成功する見込みがないと思われた。
それでも、越後の殿軍大将は乾坤一擲(けんこんいってき)の逆襲を選ぶ。
─―毘沙門天王(びしゃもんてんのう)様よ、この身にも御加護を! どうか、我に佑(たす)けを与えた給(たま)え!
甘粕景持はそう念じながら叫ぶ。
「上杉政虎、見参! どけ、小者ども!」
疾風のように駆ける葦毛の鞍上(あんじょう)に行人包みの武者、先頭をひた走る甘粕景持が速度を上げながら赤備衆の群れに突入する。
雷撃の如く勢いに任せて敵の足軽を蹴散らし、恐るべき疾さで槍を突きかける。そのほとんどが、一撃で相手の喉を貫いていた。
それでも、騎馬の前に立ち塞がろうとする赤備衆から闇雲に槍が突き出される。
甘粕景持の眼前で凶暴な刃が乱舞し、腕や背に激痛が走る。その痛みに堪えながら敵を倒し、愛駒の勢いを殺がれないように必死で手綱をしごく。
そこは、まさに死地。敵の憎しみが渦巻く坩堝(るつぼ)だった。
軆の至るところへ罵声が突き刺さるような感覚に襲われる。
―─これが景家殿の申された死地か……。何も考えずに駆け抜けようと思いながらも、自然と身の毛がよだつ。どこが真白き頭ぞ。怖い!……正直に申せば、怖くてたまらぬぞ!
景持は己の胸を締めつける怖気(おぞけ)を吹き飛ばすように槍を振り、雄叫びを上げる。
「うおおあぁ!」
自らの軆で血風を巻き起こしながら、越後の殿軍大将はひたすら前へと進む。
あまりの鬼神ぶりに、さすがの赤備衆も怯(ひる)み、寄手が止まった。
「……か、景虎じゃ。長尾(ながお)景虎がいるぞ!」
一人の足軽が叫び声を上げる。
その声が津波のように赤備衆に伝播(でんぱ)していく。
敵中を満身創痍(まんしんそうい)の行人包が疾駆する。五百余りの騎馬がそれに続き、敵の中央を貫こうとしていた。
驚いたのは、赤備衆の足軽だけではない。
─―放生月毛(ほうしょうつきげ)に、行人包だと!?……まさか、ここに景虎がいたというのか?
飯富虎昌は驚愕(きょうがく)の眼差しで先頭の騎馬武者を見つめる。
胴肩衣(どうかたぎぬ)の背に、毘(び)の一文字が光っていた。
─―おのれ! どこまでも、武田をなめよるか!
虎昌のこめかみに青筋が浮き上がる。
「あの月毛を包め! 騎馬を止め、あ奴を引きずり下ろせ!」
赤備の大将は血相を変えて叫ぶ。
しかし、その命令も空しく、甘粕景持の愛駒は形振(なりふ)り構わず、中央を突き破ろうとしている。越後勢の騎馬武者も、砂埃(すなぼこり)を巻き上げながらそれに続く。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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