第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)3
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「兄上、景虎(かげとら)の狙いが割ヶ嶽城の報復ならば、海津城ではありませぬか」
信繁が微(かす)かに眉をひそめながら訊く。
「景虎が善光寺平へ出てくれば、海津城を囲もうとするところまでは想定に入っておる。その時の対処は、すでに城将の昌信へ伝えてある」
「……さようにござりまするか」
「源五郎(げんごろう)、越後勢はどのぐらいの兵数であるか?」
信玄が真田昌幸に確認する。
この若武者は真田幸隆(ゆきたか)の三男だったが、七歳の時に小姓となるため武田家へ出仕させられていた。ちょうど、甲斐と越後の間で最初の川中島(かわなかじま)の戦いが起こった年のことである。
その後、昌幸は信玄の身の廻(まわ)りを世話する奥近習に抜擢(ばってき)され、今年になって元服したばかりだった。
「申し訳ござりませぬ、御屋形(おやかた)様。続報が届いておりませぬゆえ、敵の詳細な兵数がわかりませぬ」
「うむ、仕方がないか。景虎が本気で海津城を落とすつもりならば、まず一万は下らぬであろう。それでも、あの城はすぐに落ちぬ。危うくなれば、将兵たちが退(ひ)くだけだ」
信玄は自信に満ちた面持ちで言葉を続ける。
「景虎が越後に戻った後、また城を取り返せばよい」
今年の春、長尾(ながお)景虎が関東管領職(かんれいしき)となるために山内上杉(やまのうちうえすぎ)の名跡を嗣ぎ、政虎(まさとら)へと改名をしたことは、もちろん知っている。
しかし、そんな名を認める気にもならなかった。
信玄にとって敵の本性はあくまでも己より格下で、十歳近くも若輩の長尾家次男、景虎でしかない。
「兄上、備えのために、それがしが諏訪(すわ)へ行きましょうか?」
信繁が訊く。
「敵の詳細がわかってから動いても遅くはなかろう。源五郎、敵状の詳細がわかったならば、すぐに知らせよ」
「畏(かしこ)まりましてござりまする」
真田昌幸が素早く退室した。
「さて、この一局を打ち切ってしまうぞ」
信玄が碁盤を見つめ直す。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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