第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)3
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
朝日が降り注ぎ始める中、実に悠々と八幡原を横切っていく。
物見の報告通り、その先頭には、遠目からでも美装とわかる騎馬武者と、紺地に日の丸の入った大扇の馬標を掲げる鬼柄者が見えた。
そして、昌信の眼前でまたしても思わぬことが起こる。
先頭にいた美装の騎馬武者が、突然、右手を挙げて進軍を止めたのである。
それから、馬首を返し、海津城と向かい合い、しばらくそのまま動かずにいた。
まるで、余裕綽々(しゃくしゃく)の躰(てい)で敵城を眺めるような仕草だった。
後ろの旗本衆もそれにならい、海津城に馬首を向け始め、それが後方の軍勢に次々と伝播(でんぱ)してゆく。
――城から見るしかないわれらを嘲笑っているのか!?
香坂昌信が歯嚙(はが)みする。
やがて、日の丸の大扇が、大きく左右に振られ始めた。
それにならってか、他の馬標も一斉に振られ始め、先頭の騎馬武者の合図で法螺貝(ほらがい)が吹き鳴らされ、全軍が凄(すさ)まじい鬨(とき)の声を上げる。
まるで勝鬨のようであり、その鯨波(げいは)が後方にまで広がってゆく。
それらが済むと、先頭の騎馬武者は何事もなかったように馬首を戻し、再び千曲川沿いを南西へと進み始めた。
「……いったい……どこへ、向かうつもりなのか……」
あまりにも突飛な出来事に、香坂昌信は我を忘れ、呆然と敵の行軍を眺めていた。
その行先はすぐに判明した。
十六日の正午、越後勢は雨宮(あめのみや)の渡しから千曲川を渡り、海津城を見下ろすように妻女山(さいじょさん/斎場山)の頂上に登ったのである。
そして、陽が西に傾き始めた頃、山頂から琵琶(びわ)の音色と「鵼(ぬえ)」の謡(うたい)が聞こえてきた。
間違いなく、妻女山に登った越後勢の仕業だった。
予想外の出来事に、海津城は重苦しい沈黙に包まれる。
越後勢の次の行動がまったく予想できなくなったため、ただ歯を食い縛り続けるような籠城の時が刻まれていた。
「……源太郎、そなたが目の当たりにした事柄と、いま起こっている出来事をそのまま弾正(だんじょう)殿と御屋形様に伝えてくれ」
香坂昌信が放心したような顔で呟く。
「承知いたしました」
真田信綱が神妙な面持ちで答える。
「この後は何が起こっても不思議ではない。われらの退路が封じられるやもしれず、すぐに救援が必要だ。戻りの道中、そなたも充分に気をつけよ」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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