第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)3
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
幸隆が言った百足衆とは、苦難をものともしない屈強な足軽隊のことである。
元々は武田の金山で働く金掘(かねほり)衆が、戦場で穴堀戦法を得意とする工兵部隊に編成されたことから百足衆と呼ばれるようになった。
百足は大顎で相手を刺し、毒で倒すことから毘沙門天王の使いだとも言われ、その異様な姿が好んで旗指物などに使われている。やがて、その名に「絶対に後退しない者ども」という意味がこめられ、重臣の子息が抜擢される足軽部隊を指すようになった。
幸隆の次男、真田昌輝もこの百足衆に配属されていた。
「敵を挟撃できるという策には惹かれるが、本隊を二つに割るというのはいかがなものであろうか。互いの動きを知る由もないゆえ、下手をするとばらばらに動く羽目になるやもしれませぬ。そこだけが少し心配にござりまする」
小山田虎満が己が考え得る危惧を述べた。
それぞれの意見が反映され、軍議は実に闊達に進められていく。
信玄は己の脳裡に浮かんでいた軍略が、家臣たちの献策として語られる様を満足げに見ていた。
「弾正殿、もうひとつの経路についても説明願えぬか」
信繁に促され、真田幸隆が最後の経路について説明する。
「これまで申しました二つは、海津城の救援を鑑みた経路にござりまするが、残りのひとつは本隊が海津城に寄らぬ場合のものにござりまする。妻女山だけを見据えて、川中島のどこかに布陣するならば、室賀峠を越える経路を使うべきと考えまする。これは相当の遠回りになりますが、相手に動きを気取られないという利点がありまする。室賀越えから麻績(おみ)の青柳(あおやぎ)城へと抜ける道筋がよいかと。ここへ一日で到達すれば、翌日には一気に川中島へと入り、どこでも思う処に布陣することができまする。行軍に二日を要しますが、全軍が揃って自在に動けるという利点がありまする」
「その場合、どこへ布陣するのが良いのであろうか。やはり、妻女山を睨んで、千曲川対岸の雨宮と屋代の渡しを塞ぎ、越後勢の退路を断って兵粮攻めにするような布陣なのか?」
飯富虎昌が誰へともなく問いかける。
「兵法の常道からすれば、その布陣が最も妥当と思えまする。されど、敵方が妻女山から動かないということを考えれば、どうやら、景虎はわれらがその布陣を行うのを待っているような節がありまする。なにか、怪しい匂いがいたしまする」
山本菅助が鋭い意見を述べる。
「菅助、もしも、そうだとするならば、御主が考える敵の罠とは、どのようなものだ」
飯富虎昌の問いに、山本菅助はこともなげに答える。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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