第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)3
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「わかりました。昌信殿のご無事を願っておりまする」
真田信綱は一礼しながら、急ぎ海津城を出立する。
あえて地蔵峠を使い、退路を確認しながら砥石城まで戻った。
この日の夜、長男からの報告を聞いた真田幸綱は顔をしかめる。
「いかにも面妖な動きだな。いったい景虎の狙いは何なのだ」
「……わかりませぬ。ただ、海津城の味方が危うい状況であることには相違ありませぬ」
「とにかく、そなたはこれから甲府へ戻り、御屋形様にこのことをお伝えせよ。それがしは塩田城へ行き、兵部殿と救援の策を練らねばならぬ。上原(うえはら)城と深志(ふかし)城へは、すぐに昌輝(まさてる)を走らせる」
幸綱は次男の真田昌輝を諏訪への伝令に出すことを伝えた。
「わかりました。御免!」
真田信綱は踵(きびす)を返し、厩(うまや)へ向かう。
それから甲府の躑躅ヶ崎館へひた走った。
翌十七日の早朝、真田信綱から子細を聞いた馬場(ばば)信房(のぶふさ)が血相を変え、主君の寝所に向かう。
「御屋形様、朝早くから失礼いたしまする!」
「……なんだ、ずいぶんと騒々しいの、信房」
寝間着の首元を扇で扇(あお)ぎながら、信玄がぼやく。
辺りを吹き渡る松籟(しょうらい)もなく、立秋を過ぎても甲府の盆地は、朝から蒸し暑さに包まれていた。
「火急の件ゆえ、御無礼をお許しくださりませ! 善光寺平に大きな動きがありました。信綱、そなたから直にご報告せよ」
馬場信房が使番に命じる。
「はっ! 御屋形様、一昨日、善光寺の城山(しろやま)に着陣しました越後勢が、昨日、犀川を渡りまして、ただいま海津城の西にあります妻女山(齋場山)へ登り、一帯に布陣しておりまする。その数、およそ一万三千余……」
真田信綱から事の一部始終を聞き、信玄は己の耳を疑った。
「妻女山!?」
小首を傾(かし)げながら、聞き返す。
「……どこであるか、それは?」
「海津城のすぐ西側にあります山脈の突端にござりまする」
「……鞍骨山(くらぼねやま)や大嵐山(おおあらしやま)に連なる、あの山並みの川縁へ突き出た所か?」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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