第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)3
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
すでに透破たちは門前町の住人や僧侶に化け、善光寺横山に陣取った越後勢の様子を探っている。
川中島には農夫に化けた物見の者たちも散らばっており、何か変化があれば、すぐに海津城へ報告が上がるようになっていた。
そして、翌十六日の払暁に、早くも動きがある。
なんと、越後勢が総軍で善光寺横山を出立し、最短で南側に位置する市村(いちむら)の渡しへと向かったのである。
それから市村の北岸に五千余の後詰(ごづめ)を残し、一万三千にも及ぶ越後勢が犀川を渡り、そのまま南へ進み始めた。
透破頭の蛇若(へびわか)から報告を受け、香坂昌信の顔色が変わる。
――後詰だけを残し、市村から渡河、だと!?……景虎自らがこの城を囲み、総攻めを行う気か?
昌信は真田信綱を伴い、急ぎ本丸の北西角にある戌亥隅櫓(いぬいすみやぐら)へ向かう。
この物見櫓からは千曲川(ちくまがわ)の対岸に広がる川中島八幡原を一望できた。
さらに物見からの続報が届く。
「……え、越後勢の先頭で兵を率いているのが、どうやら総大将なのではないかと……」
「さように莫迦(ばか)げたことがあるか!」
香坂昌信が思わず声を荒らげる。
「総大将の景虎を見たのか?」
「……はぁ、確かに、先頭に立った騎馬武者は、紺糸緘(こんいとおどし)の当世具足に萌黄緞子(もえぎどんす)の胴肩衣(どうかたぎぬ)を羽織り、背には『毘』の一文字が金糸で刺繍(ししゅう)されておりました。……金の星兜(ほしかぶと)を白妙(しろたえ)の練絹(ねりぎぬ)で行人包(ぎょうにんづつみ)にし、腰元には白銀の太刀……そ、それは、たいそう立派な身形(みなり)をしておりました」
「毘の一文字に、行人包……。影武者だとしても、ふざけすぎておる!」
「……こ、駒も立派な月毛(つきげ)で、そ、そう、隣に紺地に日の丸が入った大扇の馬標(うまじるし)を携えている鬼柄者(おにがらもの)がおりました。すぐ後ろには、『毘』と『龍』の一文字旗を背負った旗本衆も付いておりまして……」
「まことに、景虎だというのか!?なにゆえ……」
昌信が呆然(ぼうぜん)と呟(つぶや)く。
「昌信殿、篠ノ井(しののい)東福寺(とうふくじ)の辺りに軍勢らしき者どもが現れました!」
真田信綱が指差した方角に、越後勢らしき隊列が現れる。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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