第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)3
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
逆に過去三度の戦いを踏まえ、戦事を司る大将としての器量を決して軽くは見ていなかった。
信玄が語ってみせたような軍略で、四方から越後勢が海津城を挟撃すれば、三千の城兵はとうてい長く持ちこたえることができない。
「敵方が相応の犠牲を覚悟して力攻めを強行した場合、余の予想では早ければ五日ほどで城は落ちる。城方が全滅を覚悟で踏ん張っても、十日以上は持ちこたえられるまい。すでに昌信もそのことはわかっているであろう」
蓼(たで)の葉を嚙んだような面持ちで、信玄が腕組みをする。
「いずれにせよ、御屋形様のお考えを早急に信濃の各城将へ伝える必要がありまする」
馬場信房は険しい表情で言う。
「うむ、そうしてくれ。間に合えば、よいのだがな。景虎がその気ならば、われらの出陣は遅きに失するやもしれぬ」
「御屋形様、すぐに各城への早馬を手配いたしまする」
「源太郎、そなたはすぐに砥石城へ戻れ」
信玄の命に、真田信綱が頭を下げる。
「はっ!」
「砥石城から海津城へ同時に二組の使番を出し、別々の経路を行かせるのだ。一組は室賀(むろが)峠から行かせ、もちろん、もう一組は地蔵峠を通らせろ」
「御意!」
小さく頭を下げてから、真田信綱は素早く立ち上がって踵を返す。
「信房、すぐに典厩(てんきゅう)を呼んでくれ。それから、主だった者集め、出陣のための評定を開く」
「承知いたしました」
馬場信房もすぐに動き始めた。
一人になった信玄は、腕組みをしたまま目を瞑(つぶ)る。
――じたばたしても始まらぬ。景虎の手の内が見えたようで、まだすべては見切れてはおらぬ。まだ他にも隠された策があるような気がしてならぬのだ。
それは数々の謀計を戦で使ってきた智将ならではの勘だった。
――あ奴は本気で海津城を叩(たた)き潰す気なのか。それとも「早く駆けつけぬと城兵を全滅させるぞ」と、この余を誘っておるだけなのか?
いずれにせよ、肝いりで築いた城と寵愛(ちょうあい)してきた家臣は、絶体絶命の危機に瀕(ひん)している。
そして、最も大きな問題は、甲府から川中島までの道程だった。
この躑躅ヶ崎館で将兵をまとめてから出立させ、諏訪へ入るまでに散らばっている軍勢を参集させなければならない。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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