第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)3
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
思わぬ難敵の出現に北信濃の攻略が頓挫し、事態が好転したのは三年後の天文(てんぶん)二十年(一五五一)になってからだった。
武田に帰順して信濃先方衆となった真田幸隆の調略により、ようやく砥石城が落ちる。 ここから武田勢は攻勢に転じ、信玄は新たな拠点から葛尾(かつらお)城に猛攻撃を加え、村上義清は長尾景虎を頼って越後へと落ち延びた。
そして、そこから最初の川中島の戦いへと発展したのである。
越後から新たな宿敵、長尾景虎が出現した瞬間だった。
千曲川沿いを北上しながら、信玄は再び不思議な思いに囚われる。
――思えば、今回の進軍は、まさにこれまでの信濃攻略を遡るような道筋ではないか。甲府を出てから、奇妙な郷愁に囚われていたのは、そのせいかもしれぬな。
当時は若すぎたために素直に負けを認められなかったが、今ではこの辺りを訪れる度に痛恨の敗北を省み、己の戒めとするようになっている。
――されど、村上義清は越後勢の中へ逃げ込み、今でものうのうと生きておる。こたびこそは、元凶を断ち切らねばなるまい。
信玄は川中島を目前にし、塩田城へ入った。
ここに武田の総勢が集結し、将兵の数は二万以上に達していた。
城外にも陣所が設営された後、さっそく城の大広間で最初の総軍評定が開かれることになった。
評定が始まる直前に、信玄が信繁に耳打ちする。
「こたびの話は布陣の場所をはじめとして、色々と紛糾するやもしれぬが、皆の好きに話をさせよう」
「されど、話がまとまらなくなりませぬか」
「敵の出方を見れば、まとまらぬぐらいでちょうどよい。まあ、一度の評定で方針が決まるとも思うておらぬ。それよりも、皆の率直な思いを吐き出させた方がよかろう」
「わかりました」
「取り仕切りは、そなたに任せる」
信玄は笑顔で大広間に入ってゆく。
ついに名だたる武田の将たちが一堂に会した。
大上座に信玄と弟の信繁を戴き、上座に信廉(のぶかど)、嫡男の義信、一条(いちじょう)信龍(のぶたつ)、穴山(あなやま)信君(のぶきみ)が並ぶ。
その対面には、一癖も二癖もある古兵面(ふるつわものづら)が揃(そろ)っている。
順に、飯富(おぶ)虎昌(とらまさ)、室住(もろずみ)虎光(とらみつ)、真田幸隆、跡部信秋、山本(やまもと)菅助、小山田(おやまだ)虎満(とらみつ)、長坂(ながさか)虎房(とらふさ)、多田(ただ)満頼(みつより)、秋山(あきやま)信任(のぶとう)、三枝(さえぐさ)虎吉(とらよし)、保科正俊、今井(いまい)信俊(のぶとし)。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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