よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

    四十四

 春日山(かすがやま)城の大広間に、越後国(えちごのくに)の重鎮たちが勢揃いしていた。
 大上座には守護職の上杉(うえすぎ)定実(さだざね)が鎮座しており、その隣に眉目秀麗な若者が正座している。
 上手側の席には、揚北(あがきた)衆の鳥坂(とっさか)城主、中条(なかじょう)藤資(ふじすけ)、北信濃の豪族で若者の叔父でもある中野(なかの)城主、高梨(たかなし)政頼(まさより)。さらに栃尾(とちお)城主の本庄(ほんじょう)実乃(さねより)、栖吉(すよし)城主の古志長尾(こしながお)景信(かげのぶ)、与板(よいた)城主の直江(なおえ)実綱(さねつな)、三条(さんじょう)城主の山吉(やまよし)行盛(ゆきもり)らが並んでいる。
 そして、対面の下手側には、坂戸(さかど)城主の上田長尾(うえだながお)政景(まさかげ)、黒川(くろかわ)城主の黒川清実(きよざね)らがいた。
 双方の顔ぶれを眺め渡してから、上杉定実が重々しい声を発する。
「それでは本日、互いの遺恨は水に流し、この景虎(かげとら)に長尾家の家督を嗣がせるということでよろしいな」
「異議なし!」
 上手側の者たちが声を揃える。
 すこし遅れて下手側の者たちも賛同の声を上げた。
 実は、この日の少し前まで、長尾家の家督相続を巡り、双方は反目し合っていた。
 それを守護職の上杉定実が仲裁したのである。
「これで越後の安泰も確かなものとなるであろう。では、景虎。皆に挨拶を」
「はい。それがし長尾景虎、まだまだ不肖の身でありながら、皆様に家督相続をお認めいただき、まことに恐悦至極にござりまする。今後とも、よろしくご指導、ご鞭撻(べんたつ)をお願いいたしまする」
 堂々とした口上に、一同から拍手が起こる。
 この日、天文十七年(一五四八)十二月三十日、長尾景虎は兄の晴景(はるかげ)に代わり、齢十九で家督を相続し、越後守護代となった。
 相続の儀の後、大広間では盛大な酒宴が開かれた。
 その席で上杉定実は景虎に一献を酌しながら言う。
「余はそなたの器量を高く評価しておる。うまく皆をまとめてくれ」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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