第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「だとしても、まことに矢沢の郷(さと)は安堵(あんど)され、兄者は真田の郷に戻れるのか? その確約はあるのか」
「もしも、われらが協力して砥石城を奪ったならば、武田の御屋形様は必ず旧領への復帰を認めてくださる。さような御方だ」
「それほど信じているのか……。もしも、それがしがこの話を吞まねば、この場で兄者を殺さねばならぬのだろう。そんな莫迦(ばか)な真似をできるわけがなかろうが!」
矢沢頼綱は仏頂面で胡座(あぐら)をかき直し、小刀を放り投げる。
「……一度は袂(たもと)を分かったとはいえ、血の繋がった兄弟なのだ。殺(あや)めることなどできるはずがなかろうて。最初から選択など与えていないではないか!……兄者はいつもそうだ」
「すまぬな、頼綱。これしか手段が思いつかなかったのだ」
幸綱は深々と頭を下げる。
「されど、砥石城さえ手にすれば、隆永(たかなが)も小県に戻ることができる」
この二人には、もう一人の弟がいる。頼綱と同じく海野家の傍流、常田(ときだ)家の養子となった常田隆永だった。
――滋野一統であった矜恃(きょうじ)は、己が取り戻す。再び、身内でこの小県で集まろう。
「隆永だけではない。四散した滋野一統の者たちも、ここに戻ってこられるであろう。それがしの悲願は、小県に戻って棟綱殿の代わりに滋野一統を再興することなのだ。そのために武田家に参じた。力を貸してくれ、頼綱。頼む」
兄の真剣な面持ちに、弟が仕方なさそうに頷く。
「……わかった。……わかったとしか、言いようがなかろう」
「かたじけなし」
幸綱は再び頭を下げる。
「頭を上げてくれ、兄者。そうとなれば、事はさほど容易ではない。村上の者どもに知られぬよう進めねばならぬ。それがしが守将として砥石城に入る日は限られているゆえ、それに合わせて兵を連れてきてもらわねばならぬ」
「承知した。兵はどのくらいあればよい?」
「われらが城門を開くならば、一千もあれば足りるであろう。二千ならば、間違いはない」
「さようか。必ず引き連れてこよう」
内応を取りつけた後、二人は詳細を話し合った。
「ところで、頼綱。昨年の城攻めの時、そなたは将兵を采配していたのか?」
「いいや、この身は連珠(れんじゅ)砦にいた」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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