よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「城方の士気が異様に高かったと聞いたが、城将は誰であったか?」
「城将はおらぬ。あの者たちの士気が高かったのは、城兵のほとんどが志賀(しが)城の残党だったからだ」
「志賀城の残党?」
「武田が佐久に攻め入り、小田井原(おたいはら)で討ち取った首級を城門の外に掲げ、降伏を迫ったという志賀城の一戦で生き残った者たちだ。女子供はすべて売られたらしいが、城兵だった者の縁者が村上に助けを求めて逃げ込んできた。砥石城の兵のほとんどが、武田に深い恨みを持つ者たちだった。もっとも、砥石城の守り方を教えたのは、それがしだ。かの者たちは報仇雪恨(ほうきゅうせっこん)の一念で戦うたのであろう。とにかく武田の兵を一人でも多く倒したいという思いでな。士気の高さは、すなわち恨みの深さに等しかったのであろう」
「そういうことか……。村上義清とは、思った以上に非情な采配を振るう漢なのだな」
「確かに。われら、小県にいる者や志賀城の残党の命など歯牙にもかけぬ。使い捨てることしか考えておるまい。それだけに手強く、一度従ったならば逆らえぬ」
「その呪縛から解き放ってやる。武田の御屋形様は、家臣の命を村上のようには考えておられぬ」
「まことか?」
「まことだ。こたびはそれを明らかにしてくれようぞ。心配いたすな、頼綱」
 真田幸綱は弟との密談を終えた二日後に諏訪へ戻る。
 そして、その翌朝、甲斐の府中へと愛駒を走らせた。
 躑躅ヶ崎館では、晴信が報告を待っていた。
「真田、無事に戻ってくれてよかった」
「ご心配をおかけいたしました」
「何か朗報がありそうだな。前回とは、そなたの顔つきが違う」
「お見通しにござりまするか。御屋形様には、敵いませぬ」
 幸綱は実弟である矢沢頼綱のことを正直に打ち明け、小県での話を詳細に伝える。
「……御屋形様、砥石城を落とす目処(めど)がつきました」
「まことか!」
「はい。二千の兵を預けていただければ、必ずや落としてご覧にいれまする」
「たった二千の兵で!?」
「はい。決行は、五月二十六日の丑の刻(午前二時)。この日以外に、砥石城を落とせる機はありませぬ」
「さようか。ならば、備中の率いていた足軽隊を増員し、そなたに預ける。それでよいか」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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