第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
天文十四年(一五四五)十月、長尾家老臣の黒田(くろだ)秀忠(ひでただ)が、反抗的な態度を諫(いさ)めた長尾景康と激しい口論を繰り広げた末、春日山城で刺殺してしまう。長尾家からの報復を恐れた黒田秀忠は本拠の黒滝(くろたき)城に籠もり、徹底抗戦の構えを見せる。
兄の長尾晴景から黒田秀忠の討伐を命じられた景虎は、諸将を集めて黒滝城を攻めることになった。
中兄の弔い合戦に臨む景虎は、老師に教わった五壇の護摩の行を行い、毘沙門天王を勧請して誅伐(ちゅうばつ)を誓う。
そして、毘の一文字旗を掲げ、果敢に黒滝城へと攻め寄せた。
総大将自らの奮闘に全軍の士気は高まり、黒田秀忠は恐れをなして敗走する。
それから、黒田秀忠は越後守護の上杉定実にすがりつき、自分が出家して国外に出るという条件で助命を嘆願した。
主君からの取りなしに快く応じ、景虎は黒田秀忠を赦して栃尾城へと戻った。
しかし、ここから事態がこじれていく。
黒田秀忠は国外に出たと見せかけてから、密かに黒滝城へ戻り、再び抗戦の準備を進めたのである。
それを知った景虎は、怒り心頭に発する。何よりも約定を違(たが)え、己の慈悲を踏みにじられたことが許せなかった。
同時に、つまらぬ芝居に引っかかり、兄の敵(かたき)を易々(やすやす)と赦してしまった己の甘さにも激しい怒りを覚える。
――相手は情け無用の外道であった。ならば、次は微塵の慈悲も与えぬ。毘沙門天王の御名において、必ずや成敗する。
そう誓い、景虎はすぐに兄の晴信へ討伐を進言し、自ら上杉定実のもとを訪れ、黒田秀忠誅殺を願い出た。
この素早い動きと揺るぎない決心を見て、上杉定実はすぐに許しを与える。そして、わずか齢十六の景虎に、類い稀(まれ)なる大器の片鱗(へんりん)を見出した。
そして、この戦は景虎にとっても忘れようのないものとなった。己が全身全霊を傾け、戦うことのみに徹した合戦だったからである。
黒滝城を囲んだ景虎の軍勢に対し、黒田秀忠は野戦に打って出た。
景虎は真っ向から、その攻撃を受け止める。研ぎ澄まされた集中力と青白く冷たい炎とでもいうべき闘志に包まれ、戦場にいながら陶酔さえ感じてしまう。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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