第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「御大将、合図がありました」
河原綱家の報告に、幸綱が頷く。
「では、行くぞ」
幸綱の率いる足軽隊は鬨の声を上げることもなく、松明(たいまつ)さえ持たず、昏(くら)い闇の中を粛然と進む。
身を屈(かが)め、滑りやすい追手道を慎重に上っていく。
すると、追手門の上に灯りが見え、城門が微かに開いていた。
「兄者、こっちだ」
松明を掲げた矢沢頼綱が手招きする。
「頼綱、ご苦労であった。して、城方の兵は?」
「わが配下の者たちが三百ほど。百名ずつを本丸、米山(こめやま)曲輪、枡形(ますがた)曲輪に置いてある。村上の配下で従わなさそうな者たちには、三黄(さんおう)の眠り薬をたっぷり入れた酒を吞まし、すでに縛ってある」
「でかしたぞ、頼綱」
幸綱が弟の肩を叩く。
「おっ!……もしや、源太郎か?」
矢沢頼綱が若武者の顔を覗き込む。
「……お初にお眼にかかりまする、叔父上」
「ははっ、お初ではないわ。そなたがよちよち歩きの頃、兄者の代わりに、この身がよく遊んでやった。それにしても立派になったの。こたびが初陣か?」
「あ、はい」
「さようか。ちと、楽すぎる戦で物足りなかったか?」
頼綱が笑いながら源太郎の背中を叩く。
「よし、篝火(かがりび)を焚き、城中に武田菱と六連銭(ろくれんせん)の旗を掲げよ!」
真田幸綱が咆吼(ほうこう)する。
「おうっ!」
兵たちもそれに答え、各所に散らばった。
こうして矢沢頼綱の内応を得た真田幸綱は、無血であっさりと砥石城を抜いてしまった。
この一報はすぐに甲斐の府中と諏訪にもたらされる。これまで手こずってきた敵城をおとしたことで武田家中は喜びに沸き返った。
晴信はすぐに府中から出陣し、若神子城を経由してから佐久へ打って出た。
これが六月一日のことであり、間髪を容(い)れず、村上勢を駆逐するためだった。
そして、諏訪からは砥石城への援軍となる原虎胤の騎馬隊二千が到着する。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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