よみもの・連載

信玄

第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)5

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 菅助は己を納得させるように何度も小刻みに頷く。
「わかりました。評定にて賛同してくれそうな方々へ話をしてみましょう。まずは馬場殿を口説き落とすのが常道かと」
 幸隆は評定へ臨む前に根回しをすることを提案した。
 軍議が自由に行われるだけあり、武田の武将は下拵(したごしら)えも上手い。特に難しい策を具申する時は賛同者がなければ孤立するため、必ず前捌(まえさば)きが必要となる。
 菅助はその相手に家中一の謀将を選んだのである。
 そして、幸隆は信玄の信頼が厚い馬場信房を賛同者に引き入れて評定に臨もうと提案していた。
「では、そなたから民部(みんぶ)殿に話をしていただけるか?」
「承知いたしました」
「やはり、一徳斎殿に話してよかった。少し肩の荷がおりたわい」
 菅助は肩をほぐすように両腕を大きく回した。
 その二人のもとへ、使番の小宮山(こみやま)友晴(ともはる)が駆け寄ってくる。
「失礼いたしまする。ただいま、御屋形様が無事に陣を移動なされましてござりまする」
「さようか。では、こちらもそろそろ陣払いを始めてよいということだな」
 真田幸隆が答える。
 その横で、菅助が地面に描いた図をさりげなく草鞋(わらじ)で消していた。
「お願いいたしまする」
 小宮山友晴は深く一礼し、素早く踵を返す。それから、来た時のように駆足で八幡原へ戻り始めた。
「友晴は今年でいくつであったかの?」
 菅助がおもむろに訊く。
「確か齢(よわい)二十四ではなかったかと」
「さようか。若いのう。そなたの御嫡男は?」
「信綱は二十五になりまする」
「御屋形様の御嫡子、義信様が齢二十四で、ほぼ同い年か。それに、確かそなたの御三男が今年で元服し、初陣でありましたな」
「ええ、さようにござりまする」
「まったく、武田は人材にこと欠かぬわい。うかうかしておると、わしもすぐにお祓(はら)い箱入りじゃ。もう一踏ん張りせねばの」
 菅助は気持ち良さそうに伸びをし、からからと笑う。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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