第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)5
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
それならば、まさに信玄好みの勝ち方だった。
もちろん、上杉政虎にもその意図は充分にわかっていたはずであり、その思惑を見抜き、信玄は必ず相手に何かしらの応手があると予測していた。
しかし、またしても越後勢は妻女山に陣取ったまま微動だにせず、信玄からの投げかけをあっさりと無視した。
そして、武田勢が海津城と八幡原に陣替えしてから、三日が経過する。
戦局は再び膠着し、互いの息を凝らす熾烈(しれつ)な駆引きへと戻ってしまった。
信玄は必ず相手の応手があると予測していたため、それを見てから次の策を決めようと考えていた。
その思惑を逆手に取るが如(ごと)き沈黙を眼(ま)の当たりにし、陣中は重苦しい空気に包まれる。兵を動かすことによって焦りが募ったのは、かえって武田勢の方だったかもしれない。
さらに七日が経ち、久々に重臣たちが勢揃いする軍(いくさ)評定が開かれることになった。
その間、信玄は城の一室に籠もって思案を巡らせた。
――決して動こうとしない相手をいかにして動かすか?
すべては、その問いに集約されている。
――この局面を打開するためには、こちらから大きな仕掛けを打たねばならぬが、相手を無理矢理にでも動かそうとすれば、自然と大戦の様相を呈してくる。自軍の損害を度外視した策が必要となってしまう……。
しかし、それでは「自軍の損害を抑えて六分の勝ちを最上とする」という己の信条にそぐわない合戦となり、将たちがそれに賛同するかどうかもわからない。
信玄の悩みはそこにあった。
ともあれ、これ以上、この戦を長引かせるのは得策ではなく、評定の席で何かしらの方針を決定しなければならない。
この七日間、信玄はどう考えても間尺に合わない戦いに対し、己の肚(はら)が括(くく)れるかどうかを問うていた。
重臣たちもただ手をこまぬいていたわけではなく、数人が寄り集まっては話し合いをしていた。評定で策を具申するためには、賛同してくれる味方を見繕う必要があったからである。
そんな中で評定の招集が行われる。
将たちは皆、それぞれの思惑を胸に秘めながら、海津城の大広間に集まった。
一向に解明できない敵方の狙いを巡り、今回の軍(いくさ)評定は相当に紛糾するのではないかと思われた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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