第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)5
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「おそらく、山に入るとなれば馬を使うことは考えられず、足軽の軍勢が主体となりましょう。まずは三ッ者(みつもの)に敵の物見を露払いしてもらい、暗所の行軍をものともせぬ百足衆に先導させるが適任と存じまする。さらに山育ちの真田衆をお加えいただけますよう、お願い申し上げまする」
幸隆はまさに阿吽(あうん)の呼吸で菅助の策を援護する。
「うむ。もしも、この奇策を採用いたすならば、さような配置になるであろう。して、残りの難点とはいかなるものか」
信玄は腕組みをして唸(うな)る。
「敵に察知されぬよう奇襲の兵を配するには、今まで申しましたような手間がかかりまするゆえ、二日分の食を持たせ、小勢に分けて唐木堂口へ行かせなければなりませぬ。妻女山からこの海津城は丸見えになりますゆえ、麓に潜ませるまでが案外難しく、時を要するやもしれませぬ。さらに後方から奇襲をかける軍勢と川中島で追い落としを待ち受ける本隊とに分かれますので、互いに離れていても気息を合わせなければなりませぬ。かといって細かな連絡は取れませぬので決行の機を定め、何があっても同時に動かねばならぬかと。その難しさがついて回る点が、かかる策の弱点であると存じまする」
菅助は額に浮かんだ汗を拭いながら言った。
「菅助、そなたの策はよくわかった。民部と一徳斎は、これに賛同しておるのだな」
信繁が確認する。
その時、一人の将が挙手する。
「典厩殿、それがしも山へ忍ぶ軍勢へお加えいただけませぬでしょうか。これまで城に籠もるだけで戦働きをしておりませぬので」
申し出たのは、香坂(こうさか)昌信だった。
この策を最初に菅助と話し合った若き城将である。
「昌信もこの策に賛成か」
信繁の言葉に、信玄がじっと大地図に見入る。
一同は固唾を呑んでその様を見つめていた。
馬場信房から受け渡された菅助の具申に対し、二人の将が次々と賛同したことで、一同の関心はこの策に絞られた。
「されど、菅助。この策には大きな穴があるのではないか?」
信玄がおもむろに問いかける。
「御屋形様の仰せになる穴とは、いかなるものにござりましょうや。ご教授願えれば、幸いにござりまする」
「かかる策は、あの景虎が背後の隠道(かくしみち)に気づいていないという前提に基づいておろう。そなたは何の迷いもなく妻女山へ登った越後勢が、誰もその隙に気づいていないと思うておるのか?」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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