第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)5
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「……気づいておるやもしれませぬ」
「ならば、この策は通じぬのではないか」
「それがしが気づいておるやもと申し上げましたのは、鞍骨山から松代の里へと下りる林道のことにござりまする。妻女山から尾根を登っていきますれば、自然に天城山の頂へと至り、そこから無理をいたせば鞍骨山まで進むことができ、ここまで至れば誰でも松代の里へと下りる林道に気づきまする。されど、鞍骨山から先の尾根は、あたかも道が消えているように見えており、それがしが海津城を普請いたしました時、この辺り一帯の山を踏破いたしましたが、地の猟師に案内されるまで鞍骨山から大嵐山へと至る道には気づきませなんだ。さらに、それが鏡台山まで続き、唐木堂の脇へ繋がっていることは、余程この辺りの地勢を熟知していなければわからぬことにござりまする。それゆえ、あえて難儀な遠回りの奇襲策を具申いたしました」
「なるほどな」
「しかれども、この策を具申いたすためには、相手がこの道に気づいているかどうかを確かめなければなりませぬゆえ、実は跡部(あとべ)殿にお願いいたし、里の猟師に化けた間者を各所の道に忍ばせ、事前に敵の待ち伏せがないかを探っておりまする。その報告によりますれば、この七日の間、鏡台と大嵐に至る尾根道に兵はおろか、敵の忍び、軒猿(けんえん)の姿もないとのことにござりまする。御屋形様に内緒で勝手な真似(まね)をいたしまして、まことに申し訳ござりませぬ」
菅助は床に額をつけて詫(わ)びた。
「伊賀守(いがのかみ)、菅助の申すことはまことか?」
信玄の問いに、武田の三ッ者頭を務める跡部信秋(のぶあき)も頭を下げながら答える。
「相すみませぬ。僭越(せんえつ)とは存じておりましたが、道鬼斎殿のたっての頼みゆえ、透破(すっぱ)を出しました。その者たちの報告によりますれば、かの場所に敵の気配はなく、全員が無事に戻っておりまする」
「さようか。なれば、皆は菅助が具申した策をいかように思うか。忌憚(きたん)なく聞かせてくれ」
信玄が衆を見回す。
すると、一同の視線がそれとなく飯富虎昌に集まる。
こうした奇襲の策を嫌うとすれば、頑固一徹なこの武辺者であろうと誰もが思っているようだった。
「……何であるか、皆して。なにゆえ、それがしの顔を見る?」
飯富虎昌は腕組みをして顔をしかめる。
「兵部、皆は最初にそなたの意見が聞きたいようだぞ」
信玄は微笑しながら言った。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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