第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)5
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「御意!」
飯富虎昌が平伏する。
「信房、一徳斎、昌信。そなたらにも望み通り、奇襲の本隊に加わることを許す」
信玄は馬場信房、真田幸隆、香坂昌信に命じる。
「御意!」
「一徳斎、百足衆はそなたの隊に組み入れよ」
「承知いたしました。有難き幸せにござりまする」
「菅助、そなたはいかがいたす?」
信玄はあえて隻眼の老将に訊く。
「……それがしは御屋形様の仰せの通りにいたしまする」
「ならば、そなたは余の隊に残るがよい」
「御意!」
「菅助、虎光、そして典厩。そなたらには、わが掃討隊の先陣を命ずる」
矢継早に下知を飛ばし、信玄は配置を決めていく。
妻女山の背後に回る奇襲本隊一万二千は、飯富虎昌、馬場信房、真田幸隆、香坂昌信を中心に小山田(おやまだ)信茂(のぶしげ)、小幡(おばた)信実(のぶざね)、甘利(あまり)昌忠(まさただ)、相木(あいき)昌朝(まさとも)、芦田(あしだ)信守(のぶもり)などが受け持つことになった。
村上義清に討ち取られた甘利虎泰(とらやす)の忘れ形見、甘利昌忠を飯富虎昌の下につけたのは、信玄の計らいである。
そして、真田衆の中には、百足衆を率いる真田信綱と昌輝の兄弟も組み入れられた。
一方、川中島で待ち受ける後詰の掃討隊八千は、山本菅助と室住虎光を両翼の足軽大将に加え、信繁が中央の先陣大将となり、その後方で武田義信、武田信廉、穴山(あなやま)信君(のぶきみ)、工藤(くどう)昌豊(まさとよ)、原(はら)昌胤(まさたね)が旗本を受け持つと決まった。
配置の全容が決まり、信繁が信玄に訊ねる。
「して、兄上。決行はいつにいたしまするか?」
「一万二千を目立たぬよう山中へ潜ませるには、二夜に分けねばなるまい。それゆえ、奇襲の決行は明後日、九月十日の寅(とら)の前刻(午前三時)過ぎといたす。それまでに各々、支度を怠らぬよう務めてくれ」
「御意!」
家臣たちが声を揃え、平伏する。
「……兄上」
顔を上げた信繁が声を発した。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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