第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)5
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「この先はさらに勾配が急になっており、道も細くなっておりまする。ほとんど猪が通った後ぐらいの道しかありませぬ」
蛇若も顔をしかめる。
「さようか。では、われらは後続の父上を待ってから再び登り始めるゆえ、後ほど頂上で落ち合おう」
「承知いたしました」
透破頭は小さく頭を下げ、素早く踵(きびす)を返す。
その背中が闇に溶け込んでいく様を、真田兄弟は溜息まじりに見ていた。
それから、半刻(一時間)ほど休んでいると、百足衆に続いて真田衆の一団が上がってきた。
真田幸隆の姿をみとめ、二人が駆け寄る。
「父上、大丈夫にござりまするか」
信綱は息を乱している父に声をかける。
「おお、信綱。思うていたよりも、かなりしんどいのう。ここはどの辺りであろうか?」
「……まだ、半分ばかり登ったところにござりまする」
「半分か……」
さしもの真田幸隆も愕然(がくぜん)としていた。
「父上、われらが予想していたよりも遥かに時を費やしておりまする。こうして道を切り開いておりますゆえ、後続の者たちは少しは楽に登れると思いますが、実は心配なことがござりまする」
昌輝が眉をひそめて進言する。
「何であるか?」
「われらの次にこの経路を使う赤備(あかぞなえ)衆のことにござりまする。鏡台山の頂きまではわれらが道を切り開いておりまするが、赤備衆はそこから独力で倉科(くらしな)の里へ下りなければなりませぬ。しかも灯りなき山中ゆえ、無事に麓まで辿りつけるかどうか……」
「うむ。確かにそうかもしれぬな。赤備にも透破の先導をつけてやった方がよいか。それと、この難儀を兵部(ひょうぶ)殿に伝えねばならぬ。こちらから使いを出すゆえ、そなたらは先へ進んでくれ」
幸隆の命に、二人の兄弟は頷いた。
それから、再び暗闇に包まれた山道を進み始める。その胸中には大きな不安が渦巻いていた。
越後勢が立ちはだかるよりも先に、眼前には暗闇の山間が敵として立ちはだかっているような気がした。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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