第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)5
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「兄者(あにじゃ)、灯(あか)りを使わない山登りがこれほど大変だとは思ってもみなかったな。まだ、唐木堂越えに入ったばかりではないか。それなのに、これほど時を費やしている」
昌輝が顔をしかめてぼやく。
山へ入った途端、人外魔境かとも思えるほどの藪(やぶ)が続き、小笹や生い茂った野草が行く手を阻んでいる。しかも、体中をぶよに刺され、痒(かゆ)みに閉口した。
「まったくだな。足下も定かではないし、先が読めぬ」
「それにしても透破たちは速い」
弟が言ったように、百足衆に先行して透破の一団が進んでいる。
忍びは元々が山育ちの者たちであり、夜目も利く。道を確かめながら進むだけで、切り開く必要がないため、確かに百足衆よりも楽に動くことができそうだった。
「登攀にかかる時を少し甘く考えすぎていたかもしれぬな。日が昇るまでに鏡台山の頂きへ辿(たど)り着ければよいが……」
信綱が顰面(しかみづら)で腕組みをした時、やっと後続の百足衆が登ってきた。
「よし、後続が来た。昌輝、先を急ごう」
「おう」
二人は再び足下のおぼつかない山道を登り始める。それから、いくつかの白布を確認し、一刻(とき)ほどが経った。
「おい、兄者。いったん、ここで父上を待った方がよいのではないか」
噴き出す汗を拭いながら昌輝が呼び止める。
「そうするか。先へ行っている透破が戻ってこなければ、どの辺りにいるのかも見当がつかぬ。よし、ここで待とう」
信綱は腰に下げていた竹筒を取り、水を呑む。
そこへ先行していた透破頭の蛇若(へびわか)が戻ってくる。
「蛇若、先に進んだ者たちは山頂に着いているのか?」
昌輝の問いに、透破頭は微かに首を振る。
「まだにござりまする。されど、間もなく尾根の手前に着くかと」
「さようか。ここは、どの辺りになるのであろうか?」
「ちょうど半分を登った辺りにござりまする」
「半分!?」
真田兄弟は驚きの声を上げ、顔を見合わせる。
「……まだ、これまでと同じくらい残りがあるというのか」
信綱は呆然(ぼうぜん)と呟く。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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