第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)5
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
それが考え抜いた末に出した信玄の結論だった。
奇襲に向かう兵が、敵と同数の策。
つまり、一万二千余の越後勢に対し、総勢二万のうちから一万二千の兵を背後へ回すということである。
おそらく、相手が奇襲を警戒していたとしても、それほどの軍勢を配するとは思ってもみないだろう。奇襲でありながら、力戦でも負けない配分だった。
当然、麓で待ち受ける信玄の軍勢は、八千ほどしか残らないという計算になる。
善光寺に敵の五千が後詰として控えていることを考えると、総大将の率いる軍勢としては危うさの残る数かもしれない。
それでも、追い落としが成功すれば、充分に敵を掃討できると信玄は考えていた。
確かに、この仕立ならば、奇襲の常道を超える奇襲となる。
しかし、前代未聞の奇策であることも間違いない。ここに集う大方の者が、そんな策を想定していなかった。
その証左に、真田幸隆と馬場信房さえもが、眉をひそめて顔を見合わせている。他の将たちは微かに血の気を失っているように見えた。
その中で、わずかに二人だけが顔色ひとつ変えずにいる。
そのうちの一人が、信玄であった。
総大将は最初からこの答えを導き出すために、家臣たちと問答を続けていた節がある。
そして、くしくも信玄の思惑を代弁する形となった山本菅助は、策を案じた時から同様の配分を考えていたようだ。
「兵部、そなたは武田の本隊を率いるのが不服か?」
信玄は微かな笑みを浮かべ、飯富虎昌の方へ向き直る。
「いいえ……。滅相もござりませぬ」
「この策は、兵数の配分と同じくらい、将の配置が難しい。余はそなたが奇襲の隊に回りたいと申すなどとは思ってもみなかった。おそらく、余だけではなく、この策を思いついた菅助も、それに賛同した者たちも、そなたが真っ先に反対すると思うていたであろう。されど、賛同してくれたことで、迷っていた余の肚も決まった。兵部、そなたを本隊の総大将とし、一万二千の兵を預けるゆえ、なんとしても景虎をあの山から追い落としてくれ」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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